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日本の韓国併合推進と教訓~日本人の気質と侵略性を常に記憶し警戒すべき [特定アジア(南北朝鮮+中国)]

日本は1868年、明治維新(日本王の権限を回復した政治改革)を断行した後、西欧のような産業国家を指向しながらも中国大陸に進出するためには韓国を必ず支配しなければならないという征韓論を広めた。
(征韓論はアメリカのような砲艦外交で当時鎖国攘夷政策をしていた朝鮮を開国させようという一部の政治家の考え方ですね。旧来の付き合いの継続を確認しに行った外交官に対し無礼な対応をする朝鮮に対して起こった考え方ですねw 当時の方針は「対話と圧力」で普通の外交方針です。)

西郷隆盛の征韓論主張に対して韓国との平和共存を主張した岩倉具視の反対により征韓論は一時留保されるが日本は韓国併合を緻密に推進した。
(西郷の考え方では武力を使おうというのはありませんでしたねw この頃韓国併合なんかまったく考えに無かったですねw)

最初に日本は征韓論実現のため最初の段階として武力で韓国に開港させた。
このために日本は1875年9月、戦艦雲揚号を江華島(カンファド)に送り砲撃後、これを中国に通知した。
(当時の資料によると、朝鮮政府は侵犯されたという認識を持っておらず自分たちの過誤を認めていますね。そもそも日本の国旗を朝鮮政府に渡してあるのにもかかわらず、日本の国旗をこれでもかと掲げている船を砲撃してきましたね。)

韓国は日本の砲艦外交に屈服し中国の同意を受けて1876年2月、韓日守護条規(江華島条約)を締結することによって日本に最初に開港する。
(中国の同意=中国の属国ですねw)
ここで私たちが関心を持つべきは韓日守護条規第1条に「韓国は独立国だ」と規定した内容だ。
(近代国際法における「独立国」=自主の国ですねw)
これは中国と韓国の伝統的主従関係を断絶させようとする日本の計画された意図であった。
(属国のままが良かったというのも子供の国にとってはありだったのかもw)

二番目、韓国政府の編成を中国式から日本式に改革した。
このために日本は1894年6月、韓国の政治、軍事、社会制度など全般にわたって改革する甲午更張を高宗(コジョン)政府に建議しこれを貫徹させた。
(近代国家になるために助言したんでしょw 貫徹>お前らの国には自主的な考えは無かったのか?w)
この時から日本は韓国と中国の従属関係を断絶させるための措置として中国との戦争を準備することになる。
(清との武力衝突があり得ると判断すれば準備するだろう、朝鮮など関係なくとも当たり前のことw)

三番目、中国と日本は韓国に対する主導権を勝ち取るため1894年8月忠清道牙山(アサン)湾で戦争を開始、1895年4月、日本の勝利で中国は韓国に対するすべての既得権を喪失し韓国に対する日本の横暴と影響力はより一層増大した。
(そんなに自力で立つのが厭だったのかw)
この時から明成皇后は日本を牽制するために親ロシア外交政策に切り替えることを高宗に建議してロシアは韓国で中国の代わりに新たな強者に浮上することになった。
(強い者にすり寄る属国根性丸出しw)

四番目、韓国から中国を追放した日本は新しく登場したロシアと対立することになる。
日本は先に親ロシア政策を推進している明成皇后を1895年10月景福宮で殺害して死体を燃やした。
(嘘こけ、閔妃を殺害したのは朝鮮人で、大院君との政権闘争でしょw)
高宗は日本人に殺害されることを憂慮して1896年2月、宿舎をソウル駐在ロシア公使館に避けて身を守るいわゆる俄館播遷をすることになる。
(朝鮮の開明派がクーデターを起こして高宗の身柄を確保しようとしたところ守旧派とともに逃げただけだろ。日本関係ないしロシア公使館に逃げるとか意味不明なんですけどw 他国の君主を暗殺しようとかお前らみたいな野蛮国じゃないしw)
高宗の俄館播遷で韓国に対するロシアの影響力が急速に増大することにより、日本はロシアとの戦争を準備することになる。
(このようなことをしたのでロシアに自国の権益を売りまくりましたねw)

五番目、日本の緻密な戦争準備で露-日戦争は1904年2月10日始まった。
(緻密>笑えるw 日露戦争は日本の国家存亡に危機だったんですけどw)
仁川近海に停泊中のロシア艦隊は日本艦隊の奇襲攻撃を受けて支離滅裂になり、ロシア陸軍も麗水、順天と大連で大敗することによって露-日戦争は日本に有利に展開した。
露-日戦争に参加するためロシアの最強バルチック艦隊は、アフリカを迂回する長期航海で疲労し、大韓海峡を通過する頃これを待っていた日本艦隊の先制攻撃で壊滅することによって露-日戦争も1905年9月日本の勝利で終結した。
(勝ったと言っても長引けば負けていたんだよ、簡単に言うなw)
日本は韓国を併合するために中国とロシアを完全に追放することによって妨害要因を除去し、東北アジアの最強者になった。
(併合するためにじゃないんだよ、日本の目的は朝鮮が自主の近代国になって一緒に西洋列強の侵略に対応しようということだろう。日本は朝鮮がクズ民族だということが最初判らなかったんだよw)

最後に、日本は韓国を併合するために最後の強大国である米国と英国の支援を受ける。
日本は1905年7月29日タフト-桂秘密協定を通じて米国から宗主権が認められ、8月12日第2次英-日同盟を通じて英国から韓国に対する優越権を認められた。
(外国と権利を認め合っただけですね、無駄な争いを避けるためですねw)
日本はまた、露-日戦争の初期に機先を制した後、1904年2月23日韓国併合のため最初の措置として韓-日議定書を強制的に締結し、1905年11月17日、乙巳保護条約を締結して、1910年8月22日韓国を強制的に併合した。
(日韓併合は韓国の最大政党が建議し韓国側から請願してきましたね、日本はつぶれそうな会社をほおっておくと損害が拡大するため仕方なく吸収合併しました。)

私たちは明治維新以来52年の間、ち密で執拗な準備により韓国を植民地として併合した日本人の気質と侵略性を常に記憶し警戒しながら教訓としなければならないだろう。
(お前らの指摘は的を得ているところが全くないねw その嘘と誇張の民族性を近代化しろw)

カン・ジョンイル韓半島中立化研究所長
http://www.newscj.com/news/photo/201202/117555_89614_5958.jpg

ソース:ニュース天地(韓国語) [韓国近代史紀行]日本の韓国併合推進と教訓
http://www.newscj.com/news/articleView.html?idxno=117555


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hachikin45

xml_xslさん、uryyyyyyさん、(。・_・。)2kさん>nice! ありがとうございます。
by hachikin45 (2012-02-19 00:22) 

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